2013年7月5日金曜日

女性性。


どうも今の女の子は女性の価値観と言うか立場と言うかが混乱していて、結構苦しいみたいな気がする。
ジェンダーとかの思想とかで性の位置がふわふわしてる。
小さい女の子のスカート姿はとっても可愛いのだが女性的で束縛され押し付けられてると考えられなくもないなんかめんどくさいな。
性なんて文化なんだから好きにすればいいってスタンスなんだろうけど、自立した自我が前提だから自立してない人にとっては負担がハンパナイんじゃ無いかな?
そもそもの自立って概念が何だかはっきりしてない気もするし…社会に対しての義務と権利の行使ってやつだけど社会自体がフワフワと変化するし、場所によっても違うし、常にそれに対応して行かなくっちゃならないわけだから、自立した自我って価値観が変化し続ける今の社会状況ではとても難しい。いわば特殊な訓練が、しかも常にバージョンを変えねばならないので万人向けとは言いがたい。でもそれが正統な価値観だって事になってて広く適応されてるんで色んな所に弊害が出てるって言ってもいいかもしれない。
かといって旧来の性の位置には現代では受け入れがたい行動規制があるし…。
生物としての性と文化としての性の狭間で女性は迷い苦しんでるって気がする。
新しい思想が必要なんだろうと思う。

2013年4月30日火曜日

うしじまいい肉さんとGEISAI


うしじまいい肉さんは
どういうきっかけか知らないけれど
自分がどうすれば人々に影響を与えるかを知っている
色々試して
それを少しコントロールすることも
出来るようだ
多くの表現者もそのコツを知るようになるのだけれど
彼女の場合は
その肉体とセンスを使ってそれをやっているように見える
童顔ロリ体型
そして露骨ともいえるエロティズム
それを求める人がいて
それをコントロールしながら与えている
表情から見て
彼女はたぶん冷静だ
冷静に線を見極めそうとしている
怒濤のように押し寄せる
好奇の目と期待
でもそれに答えすぎれば
群衆はあっという間にそれを食い散らかし
残骸には目も向けない
彼らはそんなことに慣れているし
それが残酷だなんて思ってもいない
彼らは与えられることが当たり前と感じているし
飽きたら捨てると言う価値観を世界は肯定している
うしじまいい肉は単なるコンテンツに過ぎないし
そこに一つの肉体と精神を持った女性などは見ていない
だから
彼女はそれを知っているから
自らをいい肉と名乗る
大なり小なり人は
世間からそう言った扱いは受けるものだし
それは彼女も気にしてはいないだろう
だが
隙を見せれば食尽される群衆の前に彼女はいる
普通の人はちょっと齧られたり血を吸われたりする程度だが
彼女はそうはいかない
下手をすると引き裂かれ骨をしゃぶられ
食べ滓 
ゴミにされてしまう
だから彼女は
戦わなくてはいけないし群衆をコントロールする必要がある
ギリギリの線で
それは簡単な事ではない
芸能人は全く同じ立場にあるが
彼らの周りには
経験を積んだ組織があってコントロールについては彼らがその任に当たる
まあ、コンテンツに過ぎないのは変わらないとは言えるけど
彼女はたぶん一人だから
一人でそれをしなくてはならない
繰り返すがそれは楽な事ではない
GEISAIに彼女は参加していた
彼女はうしじまいい肉というものが
作品なのだと言いたいのかもしれない

2013年4月25日木曜日

螺旋


何かをやめられない人は
何かと張り合ってるのかもしれません。
しかもそれがもう無くなってしまっている事だったり人だったりで
目的が失われているにも関わらず
それに気づかず
続けてしまっているのではないでしょうか。