神聖かまってちゃんというバンドの「夕方のピアノ」という曲を聞いています。
「死ねー」を連発して、叫ぶようにボイスチェンジされた声が響く。
呪いのようだが、何か暴発しながらもそのエネルギーにどこか魅了されてしまう。
「sineyo satou bokunotameni]
全国の同じ名前の人は、どう思うか心配になるが、圧倒的なネガティブパワーが
炸裂している。
でもどこか、その声や、歌い方に、呪い以外のものを感じるし、不思議なバンドである。
考えてみれば、生きている時間の中で、人を呪った事のない人は少ないだろう。
ものすごく少ないと思う。
良い事ではないが、事実ではある。
私の知っている女の子も時折、死ね、あいつ死ねーを連発している。
直接言ってるわけでは無いので、まあいいが、ストレスがたまっているみたいだ。
とてもかわいく、優しい子なのだけれど、傷ついてもいるのだろう。
残念なことだけど、しかたがないのかもとも思う。やめては欲しいが。
今の社会は、傷つかずに生きていけるように、死なないようにと、配慮されている。
しかし、傷つかないわけにはいかない。死なないわけにもいかない。いずれ死ぬ。
どうやっても、傷つく時は傷つくし。死ぬ時は死ぬ。
あたりまえのことだ。
それを前提として、保護されているかは曖昧だ。
人は時に争い、時に愛し合う。
あんなやつと思う人間もいれば、愛しいと思う人間もいて、自分がいる
そしてその遺伝子は99.99パーセント同じだったりする。
まあ、ほんの少しの違いが大きな差を生むと言えば生むが。
0 件のコメント:
コメントを投稿