2011年7月18日月曜日

カオスとネット

ネットの世界は自由で、なんでもあるってイメージがありますよね。
一面そう見えますし、事実色んな考えを自由に出せます。
ただ、そこは実生活を持つ人間がやっていことなので、真のカオスではないのは
あきらかです。
真のカオスはいわば白紙と同義ととってもいいわけで
究極の混沌は動的な白紙、真空と捉えられます。うん、ちょっと物理学の言う素粒子を生み出す
真空ににていますね…。
それはさておき、ネットが真のカオスならば、そこから突然ぽっと意外な物が生み出される…
ま、そこで全体としてはカオスじゃなくなるんですが、分離してしまえば関係なく、また動的白紙となる。
すばらしい創造装置ですね。
ですが、ネット世界は実は強い指向性、まるで保守政党のようなカチカチの価値観があって
その価値観に合わない物を攻撃したりする、きわめて人間的な性質をもっている。
ウィキリークス、ハッカーの既存権威への攻撃なんかもそうかもって思います。
理由はネットのフリーを守るって大義名分ですね。
ああ繰り返し…歴史の上で見て来た形が透けて見えます。
しかし、擬似とは言えカオスっぽい状態をつくったわけですから、それはすばらしい創造装置になりうる
んだから、特に思想、アートならば、あたたかく見守っても良いんじゃないかいな。
分離しちゃえばいいんですよ。
そうすれば、創造装置は健在。

0 件のコメント:

コメントを投稿